XJAPANのYOSHIKIさん。

最近は、音楽活動ばかりでなくテレビへの出演が増えています。

元旦に放送された『芸能人格付けチェック』では、特別室でお菓子を食べまくっていて、

大きな話題になっていましたね。

「銀座あけぼの」のお菓子でしたが、一時は、銀座あけぼののサーバーがダウンしてしまうくらい。

改めて、YOSHIKIさんの人気がわかりました。

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1月9日には、「マツコの知らない世界SP」にも出演する予定です。

ここでは、YOSHIKIさんの幼少期や学生時代なんかも語られるようです。


もうファンの方なら、ご存知の方も多いと思いますが、

今回は、YOSHIKIさんの幼少期や学生時代の写真やエピソードを事前に調べてみました。



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YOSHIKIのプロフィール

生年月日:        1965年11月20日

年齢:          52歳

出身地:         千葉県館山市

事務所:         ジャパンミュージックエージェンシー
YSKエンタテイメント
ウィリアム・モリス・エンデヴァー

YOSHIKIの幼少期の写真

YOSHIKIさんというと、美意識が高いというイメージですが、

実家は呉服屋さんということです。


小さい頃は、お母さんから女性ものの服をきせられていて、近所の人からは女の子と思われていたということです。

まずお母さんと写っている幼少期の写真。

お母さんも美人でYOSHIKIさんはお母さんにそっくりですね。

次は、お父さんと写っている幼少期の写真。


(出典:女性自身)


お父さんも格好いいですね。

なので、YOSHIKIさんも格好よくなるのは当然なのかもしれません。

下の写真もとってもかわいいですね。

左がYOSHIKIさんで、右が弟さんのということです。

子供の頃から相当なイケメンです。

YOSHIKIの幼少期のエピソード

幼少期のYOSHIKIさんのエピソードをご紹介します。


両親は両方とも音楽が好きで、

父はジャズピアノが好きで、母は三味線をしていたそうですね。

クラシックは父が購入していたため、幼少期の頃から聞いていて、

8歳の時には、シューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」とベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調「運命」が収録されたレコードを自分の小遣いで購入したそうです。


またYOSHIKIさんは、幼少期はかなり病弱だったようです。

重い小児喘息を患っていたようで、小学生や中学の頃まで入退院を繰り返す生活だったとのこと。

「母にも『病気で死ぬのではないかと思ってた。生きていることが奇跡』と言われるほど身体が弱かったんですね。夜に喘息の発作が出ると、僕だけ違う別の部屋で寝かされたり・・・人生で孤独を覚えたのもそれからです」

確かに今もドラムなどは、激しく叩いていますが、なんとなく病弱な印象もしますね。

そういうこともあり、幼少期は、難聴と戦いながら数々の名作を生みだしたベートーベンに惹かれてしたようです。


とにかく幼少期のYOSHIKIさんは両親から相当に過保護に育てられたようです。

こんなエピソードもあります。

「僕が父親のレコードを何百枚も家の2階から庭に投げまくったんです。割れる爽快感が楽しくてね。その時も父は笑ってました。一言も怒られたことなはかったですね。その経験でものを壊すのを悪いと思わなくなったのかな(笑)。また父はリンカーン・コンチネンタルに乗って雨の日によく学校まで迎えに来てくれて。それも嬉しかったですね」

そんなYOSHIKIさんですが、10歳の時に父親が突然、

自ら命を投げ出してしまいます。

原因についてはわからないようです。

YOSHIKIさんは、その時について、このように話しています。

「夏休みの器楽クラブから帰ると父が布団に寝かされていて。でも頭には白い頭巾を被っていて・・・」

帰宅したYOSHIKIは、親戚の人たちから「お父さんは病気で寝ている」と聞かされる。だが10歳の少年は、その異変を身体で察知した。

《・・・ふいに胸の奥から激しい感情が噴き上げ喉元で弾け散るのを感じた。そして、大きく目を見開いた彼の全身に不規則な震えが伝わっていった。わめき声が泣き声に変わり佳樹はその場に倒れこんだ。「何でそんな嘘をつくの! お父さんは病気なんかじゃない。死んじゃったんでしょう! だからここに寝てるんでしょう」》(「YOSHIKI/佳樹」より

「人が死ぬって身近で起こるとは思わないじゃないですか。子供だし生と死の違いもわからないし。あのとき、僕は気持ち悪くなるまで、倒れるまで泣いたのを覚えています。人生には消えていく思い出と鮮明な思い出と二つあると思うんですよ。この瞬間のことは、まるで昨日のことように鮮明に覚えているんです。でも、その後のことはきっと脳がシャットダウンしようとするんでしょうか、まったく記憶が定かでないんです」

また、一つ不思議なエピソードがあります。

その後、父親の死後、YOSHIKIさんは、ロックに目覚めることになります。

誕生日に母親にドラムを買ってほしいと頼むと、

「はい」

といって買ってくれたそうです。

当時、YOSHIKIさんも、何でこんなに簡単に買ってもらえるのかな、と思っていたとのこと。

その簡単に買ってくれた理由が、デビューしてから分かったそうですが、

父親の夢がドラマーになることだったからということです。


X JAPANの音楽は、クラシックとロックの融合ですよね。

またYOSHIKIさんは、車も大好きということ。

X JAPANの歌詞は、父親についての曲が多いということらしいのですが、

YOSHIKIさんは、ほとんど父親の影響下にあるような感じがしますね。



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YOSHIKIの学生時代の写真

YOSHIKIさんの学生時代の写真です。

上の写真のようにYOSHIKIさんの学生時代の写真は、不良の写真が多いです。

ちなにみ下がTOSHIさんとの違い。

TOSHIさんとYOSHIKIさんは、幼馴染でしたが、YOSHIKIさんは、学生時代は不良でTOSHIさんは、真面目だったようです。

YOSHIKIの学生時代のエピソード

YOSHIKIさんの学生時代の気になったエピソードをご紹介します。

YOSHIKIさんというと、音楽でのイメージしかありませんが、

実は一度、サッカー部にも入ったことがあるようです。

しかし、サッカーは全くダメだったようで、

ボールをとられると頭にきてしまい性格的に合わなかったようです。


また、上の写真で祭りの写真がありますが、こちらがその動画になります。

YOSHIKIさん風の高校生らしき人が2人いますが、どちらがYOSHIKIさんなのかわかりません。

ただ、貴重な動画ですね。

学生時代はいろいろエピソードがあります。

  • 親からは、やることをやっていればいいという教育だったようで、学年の成績で、2位か3位をとった後、髪を赤く染めていったら、丸坊主にされた。
  • 中学で「夢はロックスター」と先生にいったら、「真面目に考えろ」といわれて先生から殴られた。
  • 暴走族の集会には、英単語帳をもっていった。
  • 友達は多かったようで、不良友達、バンド友達、勉強友達といろいろな方面で友達がいたようです。

尚、上でも書きました父親の死の件ですが、中学の頃、自殺ということを知ったようです。

たまたま、親戚家で親戚が話していた時に偶然に聞いてしまったようですね。

その時のYOSHIKIさんの心境ですが、このように言っています。

「本当にびっくりしました。湧いてきたのは父への怒りで、その思いはきっと今もおさまっていないんですよね。父へ思いは、愛、恋しさ、怒りがミックスされていて自分でもよくわからないんですよね」

やはり、父親には複雑な感情を持っているようです。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は、最近テレビで大活躍のYOSHIKIさんの幼少期や学生時代の写真やエピソードをご紹介しました。

父親が相当に重要な存在だったということがわかりますね。

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